楽しい仕事の見つけ方、貢献意識の大切さ

みなさんこんにちはー!!

みあです!!

前回記事で、いやいや仕事やっちゃダメだよーってお話だったのだけど、

じゃあそもそも、楽しい仕事ってなんやねん!って!!

だいたい、どんな素晴らしく、自分自身に合った仕事でも、仕事になってしまうと、責任が発生するし、責任を果たすという目的のために仕事をする状態になってしまい、これは楽しいと言えるか怪しい。

私自身、幼い頃からずっとゲームばかりしてきて、ゲーム以外何もしないという、引きこもってネトゲ廃人というのもやったりした。そして、それがたまたま仕事につながり、プロゲームブロガーになった。

好きだったことがそのまま仕事になったってことで、世間一般的には夢の職業をしていたと言える。全部自由に自分で決められて、理不尽ほとんどないしね。ある意味最高の環境だった。

とはいうもの、ゲームをするのと、仕事としてゲームをするのは全然違う。

ゲームをプレイしていても、遊んでいるという感覚は全くなかった。

ゲームプレイ中、ずっと記事ネタになりそうなことを頭に浮かべながらだったし、遊んでいるようで遊びの要素は全くなかった。

24時間365日記事ネタのことをずっと考えっぱなしだったし、少し気を緩めば、記事質がすぐに低下するのがわかった。ずっと張り付いてなきゃいけない、こんなのただの地獄だよ、って。

逆に、ブログビジネスを一旦停止して、飲食店でグラス洗いのお仕事とかをやって見た。いわゆる末端労働ってやつ。

これが楽しいのなんの。

先輩やら何やらあーだこーだ言われまくるし、給料も安いし、仕事も全くと言っていいほどできなかったけど、それでもすごい楽しかった。

給料高くて、向いている仕事で、バシバシ仕事ができてつまらなかったのに、給料安くて、全く向いていない仕事で、まるで仕事できないのに楽しいってどういうことだって。

そこで気付いたのは、

人は本来、貢献が実感できるならば、仕事ってなんでも楽しいっていうこと。

本当、なんでもいいんだなって。

貢献できている実感があれば、本来なんでも楽しい。

あとは、その貢献の楽しさを阻害する不純物を処理するのが課題ということ。

不純物っていうのは、もっとお金を稼ぎたいっていう願望だったり、注目を集めたいという願望だったり、人にすごいと思われたり名誉欲であったり、上司からあーだこーだ言われたくないという願望だったり、仕事は生活のためにいやいややるためだという思い込みであったり、純粋な貢献意識以外のありとあらゆる思念のことね。

不純物なしで、純粋な貢献意識のみで仕事できるのが最良だけど、

それはなかなか難しいから、

可能な限り不純物を減らして行くと、仕事はどんどん楽しくなって行くね。

仕事が楽しくないと思ったら、利己性40%、利他性60%と言った感じで、自分の仕事のモチベーションを再確認すると良いんじゃないかな。